盗用と文化的価値

例えば


とある歴の浅いミュージシャンが


世界的知名度のある楽曲にそっくりなナンバーを発表しちゃったことで炎上した場合


果たして断罪されるのか否か


それってわかりやすい例で言うと


・平山郁夫作っぽい贋作みたいな『どこにでもある質の低い〇〇』

・ピカソ〜運慶なんかの贋作みたいな『野心的な〇〇』

・驚愕の知識量と技術を持った贋作師ベルトラッチ作の絵画みたいな『重宝される〇〇』

のどれかと思うんですが


皆さんの身の回りで当てはめてみて欲しいなぁと思います


・どこにでもある質の低い〇〇は消えて行き

・野心的な〇〇は長続きせず

・重宝される〇〇は継続して重宝されれば別の個となる


3つの〇〇は時として消費者から使い分けられます


私の中での3つ目は


・幼少期に祖母からもらった大きな偽物のオニキスが縦爪でついた形見のリング

(10代でもらったプラチナのリングよりこっちのが可愛いのでたまにつける)

・強い・使い勝手の良いボーンチャイナ風カトラリー

・日本でいながらもブリティッシュカントリー風

 地中海風の塗壁や

 イタリア風天然石タイルを使用したごちゃ混ぜテイストの

 顧客様からなぜか落ち着くとお褒めいただく内装の店舗


全て模倣であり ある意味贋作だけど


それぞれの用途で親しまれ 使われています


もちろんピカソと指輪の偽物を同一に並べるのはどうかとは思いますが笑



ここで言いたいのは


物の価値とは

そこに当時の作者の意図はあまり関されることなく

規模は違えど消費者が年月をかけて評価するものなんじゃないかなぁいうことです


いや やっぱ贋作は贋作だぜ?


最初言ってた盗作ミュージシャンは断罪されなきゃ!っていう方がいらしたら


是非ともやっていただきたい事があります


身の回りからイミテーションを全て排除してみるとかいかがでしょう?


めちゃめちゃ心洗われるんじゃないかなぁと思います



では また!